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二階幹事長が辞めない理由と凄さ 現役最強の権力を持つまでの経緯

新型コロナ問題で日本国民から常に批判を浴びられている一人が自民党の二階俊博幹事長(81歳)です。

親中派で知られ、GoToキャンペーンを推し進め、感染拡大に歯止めがかかっていない現状であることから菅義偉首相を上回る“戦犯”だとされている二階氏。

巨大与党の幹事長として歴代最長の1600日を超え、今もその座から下りる気配はありません。なぜ二階氏は権力を取ることができたのでしょうか?

二階が権力を掌握した理由

二階氏が出世できた最大の理由は、選挙対策と国会運営で抜群の才能を見せたからだといわれています。

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 二階氏が一躍全国区の知名度を持ち、政界での存在感が高まったのは2005年である。復党したばかりの04年、二階氏は選挙の現場責任者である総務局長を拝命。推薦したのは当時の武部勤幹事長だった。05年5月、小泉純一郎首相の強い意向で衆院郵政民営化に関する特別委員会委員長にも就任し、野党に配慮した丁寧な委員会運営で混乱回避に成功する。

9月の衆院選では、総務局長として「刺客」作戦を陣頭指揮し、空前の圧勝劇に貢献した。

 第1次安倍政権では国対委員長として次々に法案を成立させ、安倍首相の信頼を勝ち得ている。第2次安倍政権が発足すると、衆院予算委員長として戦後最速で予算を成立させ、与党の幹事長として臨んだ2017年の衆院選も大勝に導いた。

 選挙対策と国会運営において、二階氏以上の技量、実績を持っている現役政治家はいない。権謀術数に長けた権力者のイメージが先行するが、選挙(ガチンコ勝負)と国対(寝技的な根回し)における能力は群を抜いている。

出典:二階幹事長、なぜこれほど強大な力を持つに至ったか(JBプレス)

二階は菅首相を作った張本人

菅義偉氏を総理大臣にしたのは、他でもない二階氏であることは周知の通りです。

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 2020年8月17日午前、安倍首相が慶応大病院を訪問したことで一大政局は幕を開けた。この日以降、最高権力者の「体調不安説」は、現実に存在する「体調不安問題」に切り替わり、「ポスト安倍」をめぐる闘いがスタートした。

 二階氏は先手必勝を好む。安倍首相がしばしの静養から復帰した19日、間髪入れずに菅氏と会食している。菅氏とは6月から緊密に会談を重ね、呼吸を整えてきた。政局になると、信頼関係の深さが勝負となる。

 翌20日には安倍首相と岸田文雄政調会長が首相官邸で会談しているが、二階氏は先を越すように別の“動作”に入っていく。25日に予定されていた定例の党役員会を中止したのだ。稲田朋美幹事長代行とともに地元和歌山入りする翌週の出張日程もキャンセルし、さらに27日に予定していた安倍首相の連続在職日数歴代1位を祝う会も見送った。まるで辞意表明を察知していたかのような鋭い動きである。

 辞意表明翌日の29日、二階氏はまたもや蠢動する。衆院赤坂議員宿舎内で菅氏と会談したのだ。席上、菅氏は二階氏に総裁選に出馬する意向を示す。二階氏も全面支援を約束する。翌30日午前、菅氏が出馬の意向を固めたとの報道があふれ出す。石破茂元幹事長も、岸田氏も、まだ出馬を明言していない状況の中、出馬するかどうかわからなかった菅氏が最初に名乗りを上げる格好となった。「菅氏出馬決断」の情報は、二階氏サイドが戦略的にマスコミに流したとみられている。

 岸田氏は30日、麻生太郎副総理兼財務相に面会して支持を依頼しているが、1日遅れの感は否めない。翌31日午前、今度は安倍首相に面会して支持を求めたが、時すでに遅し。31日夜、最大派閥の細田派は幹部会で菅氏支持の方針を確認した。

出典:二階幹事長、なぜこれほど強大な力を持つに至ったか(JBプレス)

誰よりも早く口にして勝ちパターンをつくる

かつて安倍前総理の連続3選を認め、4選目も画策していたのも二階氏でした。
決められていた党則を、幹事長の立場から変える力を持っています。

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二階氏は政局の潮目をみるのが抜群にうまい。田中角栄、竹下登の両首相経験者、金丸信元党副総裁、そして小沢一郎現自由党共同代表らの側近として政治経験を積んできた。80歳になって風貌は隠居のお年寄りのようになったが、長年培った政局観は衰えていない。昭和時代の先輩政治家を思い起こさせる手法は、古くさいが、そういう手法を知らない今の政治家たちにとっては新鮮で大胆に映る。

二階氏の鉄則は「誰よりも早く、勝ち馬に乗る」こと。安倍氏の再選支持をいち早く表明。党則を変えて安倍3選を可能にする流れをつくったのも二階氏。そして3月に入ってからは小池氏の再選に「全面協力」すると言っている。

二階氏は今、少々焦っている。党内では二階氏について「会議中に居眠りをしている」とか「脈絡のない話をすることがある」など「老害」を強調するネガティブキャンペーンが張られる。80歳の幹事長に対し世代交代を求める声も公然と出ている。

その動きに抗していくには、二階氏主導で政治テーマを作り続けていくしかない。だからこそ小池氏へのラブコール、安倍氏の4選支持という発信を連発しているのだ。長らく民主党に籍を置き自民党を攻撃し続けてきた細野豪志氏を二階派入りさせたのも、自転車の事故が原因で引退表明した谷垣禎一前総裁の政界復帰を重ねて働き掛けているのも「二階氏発の発信」を意識した行動と考えていいだろう。

出典:“80歳の古だぬき”二階氏が権力もつ理由(プレジデントオンライン)

カメレオンのような男であり、寝業師

第二次安倍政権時代には卓越した仕事力で他の追随を許さなかったことも、長期に渡って幹事長に居続ける理由といえます。

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「政界寝業師」の異名をとる「おっさん二階」は、余人をもって代え難いほど仕事ができる。

「時に首相に噛みついて党内のガス抜きを買って出たかと思うと、首相の不足を補う絶妙の参謀役もこなす。政治の機微をわきまえていて、仕事も異常なほど早い。気がつけば、二階以外の幹事長適任者がいなくなってしまった」

「カメレオンのようにそのときの政局を瞬時に読み切ります。」

二階派には、現職ではない井脇ノブ子のような人物まで特別会員として配置している。

「一度自分が関わった人は見捨てない」というのは、二階を知る人物が口を揃える評価だ。

派閥の連携を目論んでいるともされる額賀福志郎、岸田文雄どころか、不仲が伝わる石破茂はかつての盟友だ。7月11日にも、東麻布の中華料理店で日本維新の会の松井一郎と会食している。

さらにいえば小池百合子も小沢一郎も、過去には二階と一心同体だった時期がある。公明党も含め、二階の人脈の輪は不気味なほど広いのだ。

出典:いま安倍首相を怯えさせる、二階俊博幹事長の「ものすごい睨み」(週刊現代)

二階の原点と掌握術

二階氏は古いタイプの政治家といわれていますが、若手議員や関係者からは二階氏の大胆な手法が新鮮に見えることもあるようです。

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二階氏といえば、地元・和歌山県産のみかんを政界関係者に贈ることで有名だ。今でこそ「二階みかん」は宅急便で届くが、数年前までは本人自らみかんの入った小ぶりの段ボール箱を抱えてあいさつ回りをしていた。二階氏と親交の深いある永田町関係者は、事務所のインターホンを二階氏が押し、玄関先に段ボール箱を置いていった姿を覚えている。人心収攬術の極意は「義理(G)と人情(N)とプレゼント(P)」。“二階のGNP”とも呼ばれているという。政治家、番記者、経済人、官僚、誰に対してもその原則は崩さない。

2015年12月22日、国連総会本会議で、11月5日を「世界津波の日」にすることが決まった。日本を含む共同提案国は142カ国に上った。この世界津波の日を主導したのは二階氏である。有志の議員たちとともに在京の各国大使を細かく回り、国連での採決を実現させたのだ。

 二階氏が津波対策に尽力しているのは、和歌山県広川町の「稲むらの火」の物語の影響が大きい。1855年の安政南海地震が発生した際、高台に住んでいた庄屋が津波が来ることを察知し、稲わらに火を放った。村人たちは火事だと思って高台に集まって消火にあたったところ、村に津波が押し寄せた。庄屋の機転で村人たちは津波に飲み込まれずに済んだ・・・というエピソードである。二階氏は、地元の教訓を国連案件にまで発展させ、形にしているのだ。

出典:二階幹事長、なぜこれほど強大な力を持つに至ったか(JBプレス)

国会代表質問で見せた二階の本性

2021年1月21日に、衆議院の代表質問に立った二階氏。自らが作った(といっても過言ではない)菅政権を支えていくことを伝えながら、菅総理に覚悟などを質問してました。演台へ向かう足取りはおぼつかず、質問も聞き取りにくい。

紙をぐちゃぐちゃにしながら終始ヤジが飛ばずに進行した最後、二階氏は「与党も野党もみんなで協力し合って政治の力を結集しようではありませんか」とコロナ禍での与野党結集を呼び掛けると、野党側から「何か野党側にいうことはないのか!」「特措法の修正は!」などのヤジが飛びました。すると二階幹事長は瞬時に「だから野党に呼び掛けているんじゃないですか」と反論しました。

この一瞬の睨みと反応が二階氏の怖さと本性を物語っています。

見解

総理大臣の椅子ではなく幹事長にいるのは、幹事長のポストがそれだけ人事とカネを掌握し、自身の手腕を最も発揮しやすいからに他なりません。国民がいくら声をあげても当面選挙で負けない限り幹事長を続投するのではないでしょうか?

いくら与党がだらしないからといって、2009年の民主党政権交代時に比べれば野党の力は大きく弱まり、政権を脅かす存在までには回復していません。国政選挙の投票率が50%前後を推移する限り、大きな変化は望めないことでしょう。