夏生さえりさん×東大・梶谷先生の対談で冒険の扉が開いた件について #問いアバ

毎度おなじみ、Wind.でございます。

人気ライター・夏生さえりさんと哲学の先生・梶谷真司さんの対談イベント「問いのアバンチュール」に参加するため、東京大学駒場キャンパスに行きました!

会場は参加者と一緒に設営するのが梶谷流(?)今回は100名ほどの参加者がいらしたためTwitterでのつぶやきで質問や意見などを書いていくスタイルが取られました。

それ以外は「どんなイベントになるか分からない」とのことだったのでワクワクしました。

さえりさんのファンはもちろん、梶谷さんのファンも集まりゆる〜くスタート。

ここから先は、お話しした内容の一部を書いていきます。

お二人が会ったきっかけは?

さえり「私は以前『本当に私以外私じゃないの?』というテーマがきっかけで梶谷先生にインタビューしました」

本当に「私以外私じゃないの」か?東大の哲学教授・梶谷真司先生に聞いてみた

梶谷「『教えてください』と言われてもよく分からないのでおしゃべりした」

さえり「哲学の先生ってヤバそうじゃないですか?ヤバそうだと思って『本当に私以外私じゃないか?』と質問したら『実際どう思う?』と聞かれてシーンとなった」

梶谷「ライターって怖いじゃないですか」

(会場笑)

さえり「梶谷先生怖いものありますか?」

梶谷「・・・なんかゲジゲジとか好きじゃない。人見知りはしないけど人付き合いは得意じゃない。本当は家にいたい」

(会場笑)

言葉について

さえり「文章を書いていると『自分の文章を上手に書けない』という質問が来る。私は言葉にしないと、無いと一緒じゃないかと思っている節がある。『出てこないってことは無いんじゃないの?』って考え方になることがある。でも彼女たちはあると思っている。本当にあるんですか?」

梶谷「たぶん言葉にしないと形にならない。明確になってこないままで。そういう人って書いてないんじゃないんですかね。文字にしたらいい。何でもいいから文字にしていれば思ったことが文字になってスムーズにできる」

さえり「私は文字に落としたいっていう性格ではあるので、昔から考えたことがあったら文章にして。『この程度しか表現できなかったらこの程度だな』って思うようにしている

梶谷「ボキャブラリーが多くなると嘘が多くなると思って。義理の母の手紙が好きで素朴なんだけど気持ちがストレートに現れていてそれが人柄を表していて好きなんですよね。教養のある人の文章ってクソみたいでしょ?つまらないし『黙れ!』ってみたいなこと多いですよね。同じことでもぐるぐるいっぱい考えなきゃいけないことってない?」

さえり「それはありますよね。自分の中にある気持ちと合致しないな言葉にならないものがあるっていうのはどこにあるんですかね?」

梶谷「努力だけでなく運もあって。僕は(合致する言葉が)降りてくるんですよ。最後見つかるかどうかは運って感じがしていて。その人に合った言葉が見つかるかどうかが自分の想いに向き合ったかどうかで。いいですよ薄っぺらくて。日本語って感動にしたことに対する語彙が貧困」

さえり「人を侮辱する言葉がすごい少ない。『バカ』『間抜け』とか。『あいつは〇〇で〇〇だからむかつく』って表現は面倒くさいから言わないとストレスがたまる」

さえり「重度の自閉症が書いてある(東田さん)エッセイがあって、目線で文章が書けるようになって症状を表現した。その時に衝撃を受けて。意思疎通がとれないものもこんなに考えてるんだって思った。花も意思疎通のツールを介在して何か思っているのかもしれない」

梶谷「言葉って貧しくて限られているけどピタッとハマる言葉がある。ある時いい表現あっても使い回せばありふれた言葉になったりする」

さえり「エモいってご存知ですか?」

梶谷「エモいって何?」

さえり「エモーショナルという言葉の“ヤバい”っていう意味であらゆることに使えるんですよ。心がちょっと動いたり懐かしい思いがしたときに『エモい』」

梶谷「若い人の言葉って乱れているよりは面白い表現が多い。言葉って使っている人が生み出すもので、自然発生する言葉って生きてるんですよね

さえり「『あざまる』っていうの?」(ありがとうございます。の意)

(このとき参加者から、了解を『り』と表現することを聞く)

さえり「私が気になっているのは『“わかりみ”が深い』って表現。出す分には全然良くて正しく相手に受け取ってもらいたいときは文章って便利ですよね」

梶谷「言葉って言いたいことと受け取るもののズレはないな、って思います」

さえり「『おけまる』って言いますよね(OK。)」

梶谷「ネギって江戸時代のとき『ひともじ』と呼ばれていたんですよ」

(頷く人多数)

哲学対話をしよう!

梶谷「哲学対話というイベントをやっていて一番大事なことは『何言ってもいい』のをルールにするんですよ。すると自由にしゃべるんですけど、みんな的確な言葉遣いをするんですよ。対話の場があって初めて出てきた言葉なのでみんなで生み出した言葉なんですよね。」

梶谷「『つまんねーなこいつ』っていうのはその人の言葉でない言葉で続いていて。表現として『自分自身になる』背伸びもなくその人がその人でいられる言葉があって見つかると開放感があるって感じる」

さえり「その人自身の感じか・・・普通の場では(自分の言葉で伝える機会は)少ないですか?」

梶谷「無理ですね。大きく見せるか小さく見せるかになってしまうんですよね。防御してたり見栄を張ってたりして余計なものがひっついているんですよね言葉って。意外に早く見つかるものですよ」

さえり「『忘れるってことは本当に必要か』みたいな話ですよね」

梶谷「対話すると世の中バカって人は思わないですよ」

さえり「何かできたりしないんですか?」

というワケで哲学対談を体験しました。


↑こんな感じで参加者から質問を挙げていき多数決でテーマを決定。30分間で意見を話していき、自分自身の言葉で表現するように意識していきました。

テーマは「やりたいことがないとダメなのか?」

20名ほどのグループになって、1人意見を言い始めると2人、3人・・・と次々と出てくる出てくる!ここにいらっしゃった皆さんは自分自身の言葉をしっかりと持っていました。

自分の考えを相手に伝えると「考えすぎだ」と言われる

梶谷「自分自身の言葉と誰に対していうかはバランスが難しくて。相手に対して言葉は選びますけどそれは結構難しくて・・・でもちゃんと聞いてもらうとちゃんと言ってくれるんですよ。ちゃんとコミュニケーションは成り立つんです。自分勝手な言葉と自分自身は違う。」

さえり「何で『自分自身(の言葉を出した)』って思うと気持ちいいんですかね。」

梶谷「相手に伝えるってことって実際難しくて、対話やるとき思っているのは人の話を聞いてない。聞き流しているんだけど『どう反応しよう』か考えようしているから聞いてないし、伝える気で喋っていないことがある。ちゃんと伝える気で聞くと・・・」

さえり「そういう場ってあんまりないですよね」

梶谷「普段はしなくていいと思うんですよ。しんどいか変な人になっちゃう。でも聞く・伝えるってこういう感覚っていうことを知ると伝え方が変わりますね」

さえり「『物事難しくしすぎ』って言われます。こっちは簡単にするために考えてるんだよー。と。私は一つのものがあったらいろんな方向から考えていて考えすぎだと言われたら考えなくなりましたよね」

梶谷「たしかに適当って大事ですよね」

さえり「憧れる」

梶谷「考えるのを好きな人も嫌いな人もいるからね。考えるのも楽しいですよね」

書いた文字と言葉にする文字の違い

さえり「大事なことは直接話したほうがいいよっていうじゃないですか。でも彼氏の別れ話でもメールにするんですよ。侮辱する言葉はなくてよかったなと思う反面、あったらもっとスッキリするなと思いますよね。何であの時言われるんだろうと理不尽にぶつかってきたときに『前見ろよー』と言いたい。突発的にキレたいのが私の夢です」

(会場笑)

梶谷「どこかで言っていい場所を作ってみるといいですよ」

さえり「ナンパとかキャッチに冷たく当たってしまうんですよ」

梶谷「(それをやっても)実際大したことは起きないですよ。怒ることはないですよ。謝るだけで。そういうことまで含めてすごい気にするでしょ。僕はゴメンっていうだけです。大抵のことはすいませんで済む。みんなも謝りたくない。謝ったら負け。僕は即謝りますよ」

さえり「相手の中でも自分の評価が下がるのを恐れるからですかね」

梶谷「下がったから何って話。もともと自分の評価が下がっているからとか(笑)」

さえり「私が望むのは3秒間だけで幕が開くだけにしてほしいですね。『ゴメンね』って言って幕が閉まるみたいな(笑)情報が少ないほうが助かるなって思いますね」

(会場笑)

さえり「頭の上に浮かぶ(言葉の)総量はありますか?」

梶谷「無いですよ。クラウドじゃないから(笑)」

梶谷「『腹の内を探る』っていう言葉があるけど単純に歩いているときにいろんなことを考えたりとかしてた気がするんですけど、(大人になって)何も感じなくなったなぁと思っていて空虚になった感があるんですよね。ある時から恐怖映画を見ても全く怖くなくなっちゃったんですよね。あと人が亡くなっても何も感じなくて感受性が死んだ感じができた。映画とかドラマでもすぐ泣くんですよ」

さえり「泣くのが増えた気がしましたよね」

梶谷「年取るともっと泣きますよ。家族でちはやふる見ていたとき1人泣いていたんですよね(笑)」

なぜ哲学が存在するのか?

梶谷「若い頃は『人生意味がない』って思って生きていたんだけど、大人になって忙しくなって『あの頃は暇だったんだなぁ』と」

さえり「しょうがないんですかね。感受性が少なくなったとか」

梶谷「楽しくなってきたんじゃないですかね」

さえり「意味がないと思うことでも何で研究するんですかね?」

梶谷「面白いから。『意味があるのか?』って問わざるを得なくなったという気持ちの方が問題。何が変わったかというと状況が変わっただけ。状況が変わったから『意味がある』と思えていたとしても自分自身は変わっていないですよ」

さえり「未来から逆算しようとすると悩むかなぁ、と思っていたんだけど『今の積み重ねが未来に積み重なると考えればホッとするんだな』と」

梶谷「哲学的な研究をして勉強しているうちにだんだんどうでもよくなるかテキスト読むのに苦しんで。『自分にもともと何に興味あったのか?』でわけ分かんなくなって。その先に何があるかというと、頑張ることに意味がないから辞めるのが正解」

梶谷「仕事でもそうだけど、好きだから始めたのにどうでもいいことに苦しむようになって、よっぽど自分の中に(やりたいことを)持ってないと難しいですよね。拒否していくっていうのはしんどいですよね。周りから言われたりもするし。僕自身は自分のやりたいことしかやらなかったから続けてこれたけど。仕事に生きがいを求めなくてもいいけど楽しくやるのがいいと思いますよ」

さえり「なんでどこの大学にも哲学の授業ってあるんですかね?」

梶谷「哲学って教養の最たるものだと思っているのでしょう」

さえり「中学や高校でやればいいんじゃないかと思って」

梶谷「(中高でやる)哲学って暗記じゃない?先生って穴埋めプリント作るのが好きだけど穴埋めプリントって意味がない。学校って考えないことを学んでいる感じ出して。考えようとしたら疑問が必要だけど先生が答えるのを拒否して。学校って質問を許容しない場所ですよね」

梶谷「学校行って対話やると『何で授業って受けるんですか?』っていう質問が来て。いろんな疑問ってどんな授業にもあるけど、授業のこと以外って誰にも聞けないんですよ。学校って生徒の全面協力によって成り立っている。みんな静かにしている。なんで暴れないのかと。内職する選択肢はある。学ぶ選択肢はゼロ

(会場笑)

対談を聴き終えて

まず第一に、お二人ともきさくで面白かったというのが印象に残りました。手探りで始まったとはいえ結果として多くの気づきを得られた3時間強のイベントでした。

生さえりさんは声を聴くのが初めてでしたがキュートだな、って思いました。そして東大の先生って怖いイメージがあったのですが・・・梶谷さんを見てその固定観念は一気に崩れ去りました。

日本の最高学府ともいわれている東大において「学校って質問答えてくれないよね?」という言葉が聴けたのがなんとも痛快!もちろん学びは必要だけど学び方は変えなくてはいけない時期に来ていますよね。

今回の一連のお話を聴き終えて、私は「哲学って、何か人間としての生き方に繋がるような分野かな」って思いました。

梶谷先生と食事までお付き合いしたかったけど、また機会を作ってお話を聴きに行きたいと思います。梶谷先生、さえりさんありがとうございました。