文章には、オーラが宿ることがある。

毎度おなじみ、Wind.でございます。

熱海のわたり食堂に行った際、坂爪圭吾さんがブログ「いばや通信」の話をしていました。

いばや通信の記事は1本あたり4000文字以上になることがありますが、坂爪さんはそれを1時間足らずで書き上げるといいます。引用も多いからそれほど難しくなさそうだけど、あれだけの言葉をサクッと出せるのは改めて関心するところです。

もう一人、LIGからフリーランスに転身したさえりさんという方がいらっしゃいます。

↑さえりさんのツイートを引用します。初めて見る方にはこれが本当に起こった出来事のように思ったかもしれませんがこれこそ彼女の真骨頂「妄想ツイート」。

一連のツイートを追いかけていると、あることに気がつきました。ネットの文章は一瞬でコピペできるから人が書いていてもこれは自分の文章だと主張できてしまいます。「お前のモノはオレのモノ」的思想。しかし他の人が同じような文章を発信したからといってさえりさんと同じように印象に残るかといえば、決してそうではない。さえりさんのツイートは良い内容もあれば、そうでもないものもある。ただ、そうでもない文章でも「さえりさんが書くから響く」ツイートになりうるのです。

文章からもオーラは出る

有名人と実際に会ったとき「この人はオーラが凄い」という感想が出ることがあります。「オーラ」とは人や物が発する存在感やすごみのことを意味しますが、さえりさんの文章からもオーラが出ているのです。

「私はオーラを信じないぞ!」という意見も出てきそうですが、もしオーラの存在を肯定するとしたら凄いブロガーさんの文章にはオーラが宿っているのではないかと思うようになりました。

だからといって、オーラ溢れる文章が書けたら凄いブロガーになれるワケではありません。そもそもオーラを持つために良い文章を書こうと思っている人もいません。

まずは他の人にはマネできないような、人の心に突き刺さる文章を送り続けられるようになること。そうすればオーラを意識しなくても判定してくれる読み手が生まれます。

 

印象に残る文章を書いているような人は、総じて日々の鍛錬を欠かしていないんですよ!日々の積み重ねで、影響力を与えられる書き手になっていくんですね。